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目の治療に活路を開く! 「人工硝子体」の研究はここまで来た!

2018.06.01

目の治療に活路を開く! 「人工硝子体」の研究はここまで来た!


2017年3月、酒井祟匡博士(東京大学大学院工学系研究科)、岡本史樹博士(筑波大学医学医療系)、星祟仁博士(筑波大学医学医療系)の3人の研究者が画期的な「人工硝子体(しょうしたい)」を発表し、世界を驚かせました。この人工硝子体がすぐにでも使いたいと思わせる機能と実用性を併せ持っていたからです。今回は世界が注目する「人工硝子体」についてご紹介します。

取材協力・監修


岡本史樹(おかもと・ふみき)博士

『国立大学法人 筑波大学』医学医療系 眼科 講師。医学博士。

■人間の眼の構造は? カメラによく似ている

「人工硝子体」について理解するには、人間の眼の構造を知っておかなくてはなりません。少し長くなりますが、お付き合いください。



人間の眼はカメラの構造にとてもよく似ています。カメラでいえばレンズに当たるのが「水晶体(すいしょうたい)」です。水晶体の前には「角膜(かくまく)」という透明な膜があります。


角膜はいわば「レンズカバー」のようなもので、病原体の侵入を防ぎ、眼球の組織を保護します。外界からの光は角膜で一度曲げられて水晶体に入りますが、水晶体が厚くなったり薄くなったりして遠近のピントを合わせるのです。


水晶体を通った光は眼球内壁を覆う「網膜」に像を結びます。網膜はいわばフィルム(あるいはスクリーン)、デジタルカメラでいえば「撮像素子」です。像の情報は、眼球から伸びている視覚神経を通じて脳に送られます。


また、眼球内は「硝子体」というゼリー状の物質(ゲル:後述)で満たされています。成分はほとんど水なのですが、この硝子体が満ちていることで網膜は眼球の内側の壁にぴったり密着し、正しい視覚情報を脳へ送ることができます。


「メンテ液」のような役割を果たすのが「房水(ぼうすい)」です。角膜・水晶体・硝子体には血管がありません。光をさえぎらないように透明でないといけないからです。


そのため、普通の組織のように血液によって栄養や酸素を送ることができません。そこで、酸素や栄養を含んだ「房水」という液体を水晶体の脇にある「毛様体突起」という組織から、硝子体・水晶体・角膜へ送って、最後は静脈に流れ込むようにしています。


この房水の一部は硝子体に流れ込み、「眼圧」を一定に保つ働きもしています。自然な状態では硝子体が徐々に縮んでしまい減ってくるので、房水によって補うわけです。硝子体が十分にないと網膜が眼球の内側から剥(は)がれる可能性がありますからね。


このように人間の眼はまるでカメラのようですが、メンテを自動で行う機能も備えた優れたものなのです。

■ひどい「網膜剥離」が起こると眼球を手術する必要がある

ところが、何らかの原因で網膜が剥がれてしまうことがあります。最も多いのは、網膜に穴が開いて網膜の下に房水が入り込み、その圧力で剥がれるケースです。また穴が開かなくても、重度の糖尿病によって網膜剥離が起こることもよく知られています。


血糖値の高い血液は、いわばどろどろの状態で、毛細血管などを詰まらせます。血液がいかなくなると、酸素や栄養の供給が断たれますので、その先の組織が死んでしまいます。


これを回避するため体は新しい血管を伸ばそうとします。新しい血管はもろいので出血しやすく、この出血がかさぶたのような膜をつくり、まるでひきつれのように網膜を引っ張って剥離させることがあるのです。


網膜剥離はひとたび起こると、ほぼ100%失明する恐ろしい病気です。そして唯一の治療は、剥がれた網膜を元の位置に戻して押さえるという手術しかありません。


眼球内の手術になるため非常に慎重に行わなければならず、術後1週間はうつぶせ状態での安静を要します。またその後の約1カ月は目を休ませるために「自動車の運転」や「過度な運動」などはできません。回復にも時間がかかる手術なのです。


この施術で、網膜を押さえるためにガスやシリコンオイルを使うことがあります。ガスやシリコンオイルで眼球内を満たして、その圧力で網膜を眼球の内壁に押しつけるわけです。

■「ガス」や「シリコンオイル」の問題点

眼球内に充填(じゅうてん)される「ガス」「シリコンオイル」には以下のような特徴があります。

●ガス

・比較的軽症で数週間網膜を押さえなければならない場合に使用

・気圧によって網膜を眼球内壁に押さえる

・やがて自然に抜けるためガスを抜く手術は不要

・ガスが抜けた分は房水が流れ込み、やがて眼球内を満たす


●シリコンオイル

・重症で何カ月も網膜を押さえなければならない場合に使用

・液の圧力によって網膜を眼球内壁に押さえる

・恒久的に押さえる機能がある

・毒性のあるものなので長期間体内に置いておけない

・2-3カ月後にシリコンオイルを抜く手術が必要

ガス、シリコンオイルともに術後1週間から3カ月くらいまでは視力が著しく落ちてしまいます。硝子体とは光の屈曲率が違うためです。


また、ただでさえ難易度の高い手術であるのに、シリコンオイルを使用した場合には、再度「抜く手術」が必要になるのです。上記のように回復に時間もかかりますから、この手術による患者の負担は非常に大きなものです。


というわけで、「ガス」「シリコンオイル」に代わる、透明度が高く、もっと人体にうまく適合し、長く埋め込んでいても体に悪影響を与えない「人工硝子体」の開発が待ち望まれていたのです。

■世界が待っていた「人工硝子体」 世界初の長期埋め込み可能!

酒井祟匡博士、岡本史樹博士、星祟仁博士が2017年3月に発表した「人工硝子体」はまさに世界が待ち望んでいたものでした。


この人工硝子体は、

  • 液状のままで眼球内に注射可能

  • 眼球内ですぐ(5分以内)にゲル化するハイドロゲルである

  • 1年間の動物実験によって生体に適合する安全性を確認した

  • 副作用を起こさず1年以上使用可能なことを確認した

  • 体内でやがて分解されるため「抜く手術が不要」

という画期的な特徴を持っています。


ハイドロゲルというのは、簡単にいえば「ゼリー」のような、水分を含んでいて、かつ柔らかな固体状のものを指します。高分子が網の目のように手をつないでおり、その中に大量の水分を閉じ込める構造になっています。


実は、私たちの眼球を満たしている硝子体もハイドロゲルの一種といっていいのです。つまり、硝子体の代わりになるものを人工的につくろうとしたら、進化の過程でできたものと似たものになったというわけです。


液状で注射して眼球内ですぐゲル化しますので、手術も簡単になります。手術後にうつ伏せや安静も必要になりません。視力も翌日から出ますし、運転や運動もすぐにできるようになります。したがって将来的には、硝子体手術を日帰り手術にすることも期待されるのです。

■より早く分解される「人工硝子体」を研究中!

人工硝子体の研究を行っている筑波大学の岡本史樹博士にお話を伺いました。


――そもそも人工硝子体の研究に着手しようと思われたきっかけは何でしたか?


岡本博士 私のベースは臨床医で、これまでに多くの目の手術を行ってきました。特に硝子体の手術になると患者さんに非常に負担が大きいことを目の当たりにしてきました。


1週間もうつぶせで安静にしなくてはならず、またその後1カ月は回復期間が必要です。手術を受けるのは50代、60代のまだ働き盛りの方が多いのですが、会社も長期にわたって休まなければなりません。


このような状態を何とかするためには、使いやすい人工硝子体が必要だと思ったのです。それで数年前から取り組み始めました。


――発表された人工硝子体は非常に画期的なものですが、実際に治療に使われ始めるのはいつになるのでしょうか?


岡本博士 論文を発表してから非常に多くのお問い合わせをいただいています。海外から「すぐにオレに使ってくれ」という患者さんからのメールが直接あったり。


ウサギを使って1年間安全性の確認を行ってはいますが、これから先がまだ長いんです。大規模な研究所で行う動物実験、また製品の品質を維持して作れるかといった検証なども必要です。体内に入れて使うものですからね。


ほかにも放射線・紫外線による影響といったことも調べなければなりません。人でも使えるという承認を得て、初めて臨床試験が行えます。それらを全部終えて、患者さんに実際に使ってもらえるようになるのは……どんなに早くても2-3年後ではないでしょうか?


――早く使いたい! という声は大きいのではないでしょうか? 目はとても大事ですから。


岡本博士 リクエストは確かにありますが、目という大事な器官に使うものだからこそ慎重を期すという面もあります。


――発表自体は2017年3月に行われていますが、現在はどのような取り組みをされていますか?


岡本博士 より早く分解されるものを開発中です。体への害を極力抑えていますし、安全性も確認しています。しかし、人工硝子体が人体にとって異物であることに変わりはありません。ですから、できるだけ早く分解されて体外に排出される、そのような機能を持つものを考えています。


――完成するとより患者に優しいものになりますね。


岡本博士 そうですね。そもそも患者さんの負担を減らしたいという思いで始めた取り組みですので。頑張ります(笑)。


――ありがとうございました。



とても長い説明になってしまいましたが、酒井博士、岡本博士、星博士が開発した人工硝子体がいかに画期的なものであるかが分かっていただけたのではないでしょうか? 網膜剥離の手術がより簡単に行える日がやってくることを期待しましょう。

⇒参考・データ引用元:

『筑波大学』「世界で初めて長期埋め込み可能な人工硝子体を開発」

http://www.tsukuba.ac.jp/wp-content/uploads/170310okamoto.pdf

(高橋モータース@dcp)