私たちの全身にはリンパ管という管が張り巡らされていて、その中に「リンパ液」が流れています。これを総じて「リンパ」と呼びます。リンパ管の主な役目は「不要になった老廃物を集めて流すこと」です。さて、「全身にある」と前述しましたが、脳内にはリンパ系のシステムがほぼありません。どうやって老廃物をなくしているのでしょうか!?
記事監修
渡辺宏行 先生
精神科医。信州大学医学部卒業後、横浜市立大学附属市民総合医療センターを経て医療法人福和会『南横浜さくらクリニック』勤務。日本精神神経学会、日本東洋医学会、医師+(いしぷらす)所属。
▼詳細プロフィール
■脳にはリンパ系がありません!
細胞から排出された老廃物は体液とともにリンパ管に流れ込みます。老廃物はマクロファージという白血球の一種)に食べられたり、リンパ節でこし取られ処理されます。そしてリンパ管はやがて静脈に合流します。
全身に張り巡らされたリンパ系は「下水道」のような役割をしているのです。リンパ系がなければ、体に不要な老廃物、また体内に侵入した細菌・ウイルスなどの病原体を排出することができません。
ところが、脳内にはリンパ系のシステムがほとんどないのです。
大脳には数百億個の細胞、小脳には1,000億個の細胞があるといわれていますが、それら細胞から出る老廃物がどのように処理されているのかは、これまで謎とされてきました。
■脳を清掃する仕組み!
しかし、2012年、アメリカ・ロチェスター大学のM.ネーデルガード(Maiken Nedergaard)博士らの研究チームがその仕組みをついに明らかにした、という発表がありました。
脳には細胞と血管がみっしり詰まっていますが、細胞は大きく神経細胞とグリア細胞に分けられます。ネーデルガード博士はこのグリア細胞の専門家です。
グリア細胞は神経細胞を定位置に固定する役割も果たしますが、神経細胞同士の隙間を埋めており、そのようなすし詰め状態ではとても細胞から出る老廃物を流し去ることはできそうにありません。
注目されたのは脳の血管の不思議な構造です。
脳の血管はその周囲が一回り大きな筒に覆われたような構造になっていて、この筒と血管の間には「血管周囲腔(くう)」という隙間があります。
この隙間の内壁は普通の血管の外壁そのもの(血管と同様、主に内皮細胞と平滑筋細胞でできている)で、血管を覆っている筒の外側は、脳と脊髄に特有の「アストロサイト」という特殊な細胞から伸びる突起の終端部となっています。
アストロサイトの「足突起」は、毛細血管や静脈をぐるりと取り囲んでおり、血管との間にある隙間「血管周囲腔」には障害物がありません。ですので、ここを使えばスムーズに体液を移動できます。
仕組みはこうです。拍動によって脳脊髄液が動脈の血管周囲腔を通って流れます。その一部は、動脈の血管周囲腔から足突起部を通ってアストロサイトに流れ込むのです。
こうして脳組織に体液が供給されます。その後、体液は細胞の間を通過して今度は静脈の血管周囲腔に流れ込みます。このときに細胞から出る老廃物も一緒に流してしまうのです。
研究チームはこの脳脊髄液の流れを、深部の脳組織まで画像化する技術を用いて以下のように確認した、としています。
血液のポンプ作用で動脈の血管周囲腔を脳脊髄液が流れ、アストロサイトを経由して脳組織に入ります。組織から廃棄されたタンパク質を回収して、静脈の血管周囲腔に流れ込み、脳の外に出ます。
静脈はやがて集まって頸部(けいぶ)まで伸びる太い静脈に合流。脳から出た老廃物は通常のリンパ系に送られ、最終的には腎臓、肝臓で処理されるのです。
このように、脳内では脳組織に送られる脳脊髄液が老廃物をまるで「洗い流す」かのように働くことが分かったのです。ネーデルガード博士らは、このシステムを、「glia(グリア)細胞」と「lymphatic(リンパの)」を合わせ「glymphatic(グリンパティック)」と命名しました。
●グリンパティック系は睡眠時によく働く!
さらに興味深いことに、このグリンパティック系のシステムは覚醒時よりも睡眠時によく働くことが分かりました。
マウスで実験してみると、覚醒時にはグリンパティック系の脳脊髄液の量が劇的に少なかったのです。また、ニューヨーク大学のニコルソン博士との共同研究では、睡眠中のマウスの脳の「間質腔」は覚醒時よりも60%以上広がった、としています。
「間質腔」というのは、簡単にいえば「細胞と細胞の隙間」。グリンパティック系によって運ばれる脳脊髄液が静脈の血管周囲腔に流れ込むまでに通過する細胞間の空間です。
つまり睡眠中には、老廃物の洗い流しがより効率的に行われるように、脳のグリア細胞が収縮して隙間を大きくするのです。睡眠の働きの一つとして、その間に脳の清掃を行うことがあるというわけです。
ただし、このグリンパティック系については睡眠科学者から懐疑的に見られている面もあります。
もしこのグリンパティック系説が正しいのであれば、「脳の清掃は主に夜私たちが寝ている間に行われている」ことになります。朝起きて覚醒状態になったときに、脳はきれいな環境で働き出せるわけです。人間の体はなんとよくできていることでしょうか!
⇒論文:
「A Paravascular Pathway Facilitates CSF Flow Through the Brain Parenchyma and the Clearance of Interstitial Solutes, Including Amyloid β」
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3551275/
⇒参考文献:
『日経サイエンス 2016年7月号』(日経サイエンス社)「脳から老廃物を排出 グリパティック系」
(高橋モータース@dcp)