ビジネスの場面において、「あなたのおかげで成功した」と褒められるのはうれしいもの。しかし、そういった言葉を素直に受け取れず、「私なんて評価されるような人ではない」と強い自己否定を感じてしまう人を「インポスター症候群」と呼ぶんだとか。
あまり聞き慣れないワードかもしれませんが、近年では世界的女優のエマ・ワトソンさんも自身がインポスター症候群で悩んでいたと告白しています。キャリアカウンセラーの藤井佐和子さんに、詳しいお話を伺いました。
取材協力・監修
藤井佐和子さん
1968年3月生まれ。大学卒業後、カメラメーカー海外営業部のOL経験を経て、大手総合人材サービス企業にて、主に女性を対象とした転職支援チームを立上げ、数多くの転職を支援。その後、独立。延べ13,000人以上のキャリアカウンセリングを行う一方、商社・メーカー金融・サービス企業等まで幅広し企業に対し、研修やスキーム作りなど人材育成支援を行う。その他、大学の非常勤講師、講演、キャリアセミナー、執筆など幅広く活動。著書多数。
【HP】
株式会社キャリエーラ
■インポスター=周囲を欺く詐欺師の感覚!?
――インポスター症候群とはどのような症状ですか?
「周りからみれば、地位も実力もあると思われていても、当の本人は、『これは自分の力ではない、周囲の人は私を過剰に評価している。たまたまの運であって、いつか足元をすくわれるのではないか』と思っている、自己評価が異常に低い心理状態のことです。簡単にいうと、自分自身の知識や経験があるなしは別として、そもそも自分に自信がない人のことを呼んでいるのかなと思います」
――どんな人がかかりやすいですか?
「男性よりも女性がかかりやすいといわれています。真面目で自己評価が厳しく、自分に求めている理想が高い人や、厳しく育てられた人、あまり褒められずに育ってきた人でしょうか。あとは私自身の経験上、『女性なんだから控えめにしなくてはいけない』というバイアスがかかっている人に多い印象もあります。失敗したらどうしよう……と周りの目を気にしすぎるあまり、私になんて無理と、せっかくのチャンスを自ら手放してしまう傾向にあります。
現在の仕事に対して、心のどこかで『やりたくてやっているわけじゃない』と思っている人も要注意ですね。たとえば、具体的な数字のノルマを課されることや、リーダー的な役割を担うのが怖いために、サポートやアシスタントをしているのが安心という考えを持っている人。純粋に人を支える仕事が好きという人ももちろんいるけれど、自信がなくてそう言っている人も少なくないと思うんですよね。仕事に対して不満をもっているのに、失敗が怖くて身動きが取れないんです」
――謙虚や謙遜という、日本人特有の気質も影響しているんでしょうか?
「そうですね。あと、もともと女性は男性に比べて、『戦うホルモン』もあまり持っていないんです。男性ホルモンが多い人って、根拠のない自信を持ち、戦闘態勢にスイッチを切り替えやすいんですが、女性は、出る杭になるまい! という思考になりがち。キャリアを積んだ女性こそ表質しやすいのかもしれません。
何事も初体験の新人のときに、自信がないというのは当然のこと。そこから、だんだん責任のある立場になっていきますが、立場に釣り合っていないような不安感にかられてしまうんです。それが、自信が付けるためのエネルギーになればいいですよね」
■誰だって自信を持てるのは、ほんの一瞬だけ
――自分の力との向き合い方のバランスってむずかしいですね。どうやって克服すればよいのでしょうか?
「どんなに成功体験を積んでも、自信のない人はずっと自信がないんです。そもそも自信を持てる瞬間は、ほんの一瞬だと思います。また新しいことにチャレンジするときは、多くの人は自信がないものです。でも、何かを達成したり、力を出し切ったりした経験は、困難の乗り越え方を教えてくれるもの。
それと、自信はなくても、なんのために頑張らないといけないのか、なぜやらないといけないのかをゆっくり考えることも大切です。女性は心がついてこないと前に進めない。だからこそ、ていねいにネガティブな気持ちも受け止めてください。そのうえで、これをやる未来と、やらない未来を考えてみて、なんのためにやるのか目的を考えるのです。それは自分のためでなくてもいいんです。
同じ『とうそう』という読み方でも、『逃走』と『闘争』がありますよね。自分ひとりのためだと、逃走しがち。でも、家族を守るため、後輩の道を作るため、社会貢献のためなど、守るものがあると闘争できるはずです。誰かのために頑張ると考えられればうまくいきやすいかもしれません」
――自分の気持ちに向き合う、おすすめのメソッドはありますか?
「ひとりで考え、悩み込まないことは大切です。ノートに書きだす、周囲の理解者や応援者に話すなど、その時々の自分に合っている方法でよいと思います。あのときも頑張ったからなんとかなるという気持ちや、ダメだったときの逃げ道を作ることも重要です。大げさかもしれませんが、死ぬわけじゃないと考えられると、自信がなくても腹をくくれるんです。自信よりも、覚悟をもってくださいとよくお伝えしています」
■20代は自信がなくても前に進まないといけない時期
――自分もインポスター症候群かも……という読者に一言お願いします。
「私も20~30代の間はたくさん悩みました。自信がなくても、戦わなければいけない年齢なのかもしれません。その経験が、きっと40~50代になって、やっと武器として使えるようになるのかなと。経験が少なかったら人に何かを与えることはできないなと、気付けるようになりました。隣の人と自分を比べないこと、周囲ではなく自分に集中してみてください」
きっと世の中には、楽しいだけの仕事もなければ、プレッシャーしかない仕事もありません。悩むというのは、それだけ真剣に仕事に向きあっている証拠かもしれません。できなかったことや改善点ばかりを探すのではなく、時には周囲の言葉を素直に受け取り、自分を認めることは大切なスキルなのではないでしょうか。
(取材・文 関紋加/ノオト)