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【第一回】彼女の「嫌い」なところ:“コンプレックス”ってありますか?

2017.02.27

【第一回】彼女の「嫌い」なところ:“コンプレックス”ってありますか?


こんにちは! フリーライターのさえりです。


遡ること数ヶ月前。こんな連絡がきた。


編集部:「コンプレックスをテーマにした連載を書きませんか?」


このときから「自分のコンプレックスってなんだっけ」と考えていた。言い出せばたくさんある。でも、もう気にしていないようにも思うし、気にしていることが日常になりすぎて「コンプレックスだ」とすら感じていないこともあるように思う。


みんながどのくらいコンプレックスを抱えているのか気になって、Twitterでこんな質問をしてみた。



このあと500通を超えるDMが来た。


「話すことに自信がなくて……」

「学歴が低くて……」

「昔こう言われて……」

「目の大きさが……」」

「身長が大きすぎて……」

「身長が小さすぎて……」


ひっきりなしにDMが届く。本当に、ひっきりなしに。新しいメッセージが次々届く待ち受け画面をぼんやりと眺めながら、シャンディガフを飲む。そして、もう一度自分のコンプレックスについて考えていた。



そういえば、わたしにも見た目以外でコンプレックスがあった。


「姉」に対するコンプレックスだ。


わたしには3歳年上の姉がひとりいる。大きな企業で真面目に働いていて仕事好き。顔も仕草も、わたしと似ている。


姉は、わたしにとって「越えられない壁」だった。3歳差というものは幼いころにはとても大きな差で、わたしが中学に上がれば姉は高校生、わたしが高校に上がれば姉は大学生と、いつも姉はわたしより一歩先のステージを行っていた。


人生のライフイベントを常に先に経験している姉。それを追いかけるわたし。姉が高校の頃はこうだったのに、と些細なことを比べては落ち込んでいた。


姉は、頭が良い。学力面もそうだけれど、遊びにおいても「頭を使う」ものが好きだった。オセロや謎解きゲーム、トランプなら「ババ抜き」より「七並べ」。テレビゲームで遊ぶ時は、セーラームーンが敵と戦うようなアクションゲームよりも、学校を作ったりするシミュレーションゲームが好きなタイプだった。


戦略を立てるのがうまく、わたしが目先の利益を追っていると、後になって覆されボロボロに負けた。


姉は、本を読むのが大好きだ。「クリスマスプレゼント、何が欲しい?」と親に聞かれたとき、とっさに「ゲームボーイのソフト!」と答えたわたしのあとで、ゆっくりと「〜〜文庫シリーズ」と答えていた。


本を読み始めると、集中しすぎてさっきまでしていた会話が急にできなくなる。


床に寝転びながらaikoの曲を歌って英単語を暗記していたくせに、学校のテストではいつも1番か2番だった。


親は決して姉とわたしを比べるようなことはしなかったけれど、わたし自身はいつも比べていた。姉次第で、自分の行動を決定することもあった。


具体的にはこうだ。


姉が読んでいた本が難しくて読めなかったときには「わたしは別に本は好きじゃないから」と言い張る。

姉が英語に興味を持って語学留学に行き、大学も英語を学べるところに進んだので「わたしは英語はやらない」と決めた。


やりたいかどうかではなく、「姉がやっていたから、わたしはやらない」と思っていた。同じ事をやって、落ち込むのが嫌だったから。


今考えてみれば、これはどう考えても“コンプレックス”だ。



そんな姉だったけれど、一度こんな話を聞いた。


姉が、受験を終え「あまり力を発揮できなかった」と落ち込んでいたとき、母に向かってこう言ったというのだ。


「わたしは、さえりちゃんみたいに部活もしていなかった。何かを頑張ったりしてなかった。だから、勉強くらいは、ちゃんとできるようでありたかったのに」


姉がそんな風に言ったことは、後から聞いて驚いた。姉が部活動にコンプレックスを持っているなんて考えた事もなかったからだ。


母からそんな話を聞きながら、「なに言ってんの、そんなこと思ってたの? お姉ちゃんには勉強があるのに?」と言いかけて、「あ、そっか」と思った。


きっと、姉がわたしのコンプレックスを聞いても、同じ事を言うのだろうと思ったのだ。


「さえりちゃんはさえりちゃんで頑張っていることがあるのに?」



あれから何年か経ち、英語へのコンプレックスも本を読むことへのコンプレックスもなくなった。


コンプレックスを乗り越えようと思ったわけではない。「自分を愛そう!」なんて意識改革をしようと思ったわけでもない。ただただ、「姉は、頭がいい」という事実と「わたし」が違う場所に存在するようになっただけだ。


今でもわたしは姉より頭が悪い。そのままでわたしは生きているし、それでいいと思っている。


姉の頭の良さとわたしの頭の良さ、そのふたつに何の関係があるというのだろう。比較し、相手に勝ろうとするとコンプレックスは生まれてしまう。


コンプレックスは、なにも“愛せなくても”いい。“克服”しなくてもいい。ただただ、それが自分で、あれが他人だと認識すること。それだけでいいはずなんだ。



ひっきりなしに届くDMを見ながら再び思う。


「自分をもう少しだけ、他人と切り離せるといいね」



(ライター/さえり 編集/サカイエヒタ)


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