生理が予定どおりこない、また不定期に訪れる、経血の量が多いといったことがあれば「多嚢胞性卵巣(たのうほうせいらんそう)症候群」かもしれません。これは卵巣に卵胞が多数見られるものの、卵胞の発育や、排卵に障害が起こる疾患です。今回はこの「多嚢胞性卵巣症候群」についてご紹介します。
記事監修
巷岡彩子(つじおか・あやこ)先生
産婦人科専門医。医学博士。都内の大学病院やクリニックでの勤務を経て、現在、不妊治療専門の産婦人科クリニックにて勤務。ママドクターとして育児や家事と仕事を両立しながら活躍中。女医+(じょいぷらす)所属。
■多嚢胞性卵巣症候群とは?
「多嚢胞性卵巣症候群」は排卵に障害が起こる疾患で、月経のある女性の5-8%に発症するといわれます。症状としては以下のようなものが挙げられます。
●多嚢胞性卵巣症候群の症状
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1.卵巣に多くの小卵胞が観察され、排卵の障害が起こる
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2.月経周期が不定期になったり、無月経となったりする
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3.男性化が起こる
卵巣にある卵細胞は「卵胞」という卵子を育てる袋に入っています。大きな成熟した卵胞から、卵子は卵胞の壁を破って飛び出します。これが「排卵」ですね。多嚢胞性卵巣症候群の場合には、卵胞「破裂して排卵」するまで成長することが難しく、小さな卵胞が卵巣内にたくさん存在することで、男性ホルモンが多く分泌されてしまうのです。
エコー検査で卵巣を確認すると、卵胞が数珠つなぎになって並んでいるように見え、「ネックレス・サイン」と呼ばれています。
排卵が起こりにくくなることにより、
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生理周期が長くなる
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生理が不定期にあり、経血が少なくなったり、逆に多くなったりする
といった「月経異常」が症状として現れます。
また、多嚢胞性卵巣症候群では3の「男性化」が特徴です。
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にきびができる/多くなる
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体毛が濃くなる
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声が低くなる
といった症状が現れることがあります。
日本産科婦人科学会の診療ガイドラインによれば、以下の3つを全て満たす場合を多嚢胞性卵巣症候群とする、としています。
●月経異常
●多嚢胞性卵巣
●「血中男性ホルモン高値」または「LH基礎値高値かつFSH基礎値正常」
※LHは「黄体形成ホルモン」、FSHは「卵胞刺激ホルモン」のことです(後述)。
⇒『公益社団法人 日本産科婦人科学会』「産婦人科 診療ガイドライン 婦人科外来編2014」
■多嚢胞性卵巣症候群の原因
多嚢胞性卵巣症候群の原因、発生するメカニズムについてはまだ明確には分かっていません。しかし、以下の2つが有力と考えられています。
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ホルモンバランスの崩れ
卵胞の発育には、脳下垂体から分泌される「黄体形成ホルモン」(LH)と「卵胞刺激ホルモン」(FSH)が関わっています。しかし、何らかの原因でLHの分泌量が増え、FSHとのバランスが崩れると卵胞が適正に発育できなくなります。
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インスリンが排卵機能を低下させる
近年は「インスリン抵抗性」が重視されています。インスリン抵抗性とは、簡単にいうと「血糖値を下げる力のあるインスリンの効きが悪いこと」です。効きが悪いのでインスリンの分泌量を増やさなければなりません。ところが、インスリンの量が増えると卵巣での男性ホルモンの分泌が増えるといわれています。男性ホルモンの分泌が増えると卵胞の生育、排卵が阻害され、また上記のような男性化の症状が現れるというわけです。
肥満の場合には、血中のインスリン濃度が高いことが多く、インスリン抵抗性が上がっています。つまり肥満は多嚢胞性卵巣症候群を引き起こしやすくなるのです。
■多嚢胞性卵巣症候群と不妊の関係
多嚢胞性卵巣症候群は「排卵の障害」を引き起こしますので、「不妊」につながります。しかし、排卵がどの程度阻害されているかには個人差があり、多嚢胞性卵巣症候群だから妊娠できないということではありません。
肥満の方はダイエットをする事で生理周期が正常化したり、排卵誘発剤を用いたりすることで妊娠に至ったという人もいらっしゃいます。多嚢胞性卵巣症候群と診断されても、専門医からよく説明を受け、納得した上で治療を受けましょう。
■多嚢胞性卵巣症候群の治療法
日本産科婦人科学会の診療ガイドラインによれば、多嚢胞性卵巣症候群では「挙児希望の有無」で治療方針が以下のように分かれています。
●挙児希望がない場合
1)肥満があれば減量などの生活指導を行う
2)定期的な消退出血を起こさせる
消退出血というのは、無排卵による子宮内膜がんのリスクを下げるため、ピルの服用などによって人為的に起こす出血(生理)のことです。
●挙児希望がある場合
1)肥満があれば減量を勧める
2)排卵誘発にはまずクロミフェン療法を行う
3)肥満、耐糖能異常、インスリン抵抗性のいずれかを認め、かつクロミフェン単独で卵胞発育を認めなければ、メトホルミンを併用する
4)クロミフェン抵抗性の場合はゴナドトロピン療法または腹腔(ふくくう)鏡下卵巣多孔術を行う
5)ゴナドトロピン療法ではリコンビナントまたはピュアFSH製剤を用い、低用量で緩徐に刺激する
聞いたことのない専門用語ばかりかもしれません。簡略化すると以下のようになります。
1.肥満に当たる方は、原因となっている可能性があるため、まず減量する。
2.排卵障害に対して、排卵を促がす薬(排卵誘発剤といいます)を使う。排卵誘発剤の代表的な薬が「クロミフェン」です。
3.クロミフェン服用で卵胞が育たなかったからメトホルミンも使ってみる。「メトホルミン」はインスリンの効きを良くする薬で、 肥満・インスリン抵抗性がある場合には効果が期待できます。
4.クロミフェンの効きが良くない場合は、「ホルモン療法」(ゴナドトロピン療法)か「手術」(腹腔鏡下卵巣多孔手術)を行う。
・ゴナドトロピンとは「性腺刺激ホルモン」のことで、上記の「LH」と「FSH」を指します。 多嚢胞性卵巣症候群は、LHが高いので、FSH(卵胞刺激ホルモン) のみで卵胞の発育を助けます。
・腹腔鏡下卵巣多孔手術とは、卵巣の表面に電気メスで小さな穴をたくさん開けるという手術です。なぜ排卵が起こりやすくなるのか、はっきりと分かっていないのですが、表面に穴をあけることで、男性ホルモンの産生が下がるためと考えられています。腹腔鏡とは小さな創部からカメラを入れてその映像を見ながら手術を行う低侵襲な方法です。
治療法は患者の症状によっても違いますので、一様に治療期間や掛かる費用について述べることができません。また、不妊治療で専門医を受診した場合には、治療の一環として「まず多嚢胞性卵巣症候群を治療しましょう」ということも多いでしょう。このような場合も症状や程度により、治療期間・治療費は異なります。治療法についてよく説明を受け、保険適用になるのか・ならないのか、といった点も確認すると良いでしょう。
多嚢胞性卵巣症候群は不妊に結び付くことが多い疾患です。赤ちゃんが欲しいという希望のある皆さんは、生理周期がおかしい、といった症状があったら速やかに専門医を受診するようにしてください。早期発見・早期治療が大切です。
(高橋モータース@dcp)