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【第14回】彼女の「嫌い」なところ:他人の意見が気になります

2018.02.11

【第14回】彼女の「嫌い」なところ:他人の意見が気になります


このまえ好きなアニメのことをツイートしていたら、知人にからかわれてしまい、SNSって嫌だなと思いました。SNSは沢山の人の意見が目に付きやすいので、余計に気になります。人の意見や人の目が気になる時は、どうしたらいいのでしょうか?


わたしには、このタイプの相談がかなり頻繁にくる。


「もっと“自分”を発信したいんですけど、恥ずかしくて好きなことをツイートできなくて…」とか「SNSで言いたいことはあるんですけど、それで嫌われたらどうしよう、と思って…」とか。


わたしはその相談を受けるたびに、「まず、そもそもあなたのことを周りの人はそんなに見てないから大丈夫」という話をするし、それでも「いや、でもこのまえ『見たよ〜』って笑われて」とか「変なツイートしてるよねと言われた」という場合には、こう聞くようにしている。


「その批判的な意見を言ってきた人って、あなたにとって本当に大事な人なの?」

「その人は、この先もずっと一緒にいたい人なの?」とも。



特に学生時代は、目の前に広がる人間関係が自分の世界のすべてになりやすい。大事な人じゃなくとも、ひとりでも何か批判的なことを言っていれば、気になってしまうのも仕方ないかもしれない。でも、(聞き飽きた言葉だと思うけれど)本当に本当に、世界は広いのだ。


そういえば、わたしも大学生のときにSNSのことで悩んだことがあった。


わたしがツイッターをはじめたのは2011年のことだ。当時は「友達とのコミュニケーションツール」としてこじんまり使っていたのだけれど、徐々に「自分の考えていることをもっと発信してみよう」と、思うようになった。そうしてもれなく“意識高い系の学生”となり、富士山級の意識高めツイートを頻繁にするようになった。それも、深夜に(これがどれだけ“ヤバイ”ことなのかは、皆さんの知るところである)。


でも、あの頃は“意識高いツイート”をする時間が、楽しかった。自分が考えていることを気軽に書ける場所があって、それに反応してくれる人もいて。同年代の友人がツイッター経由で何人もできたし、今まで知らなかった新しい世界を知ることもできた。


けれど、それと同時に知人からフォローを外されたり、「夜中になると意識高いツイートするやつってなんなの?」とエアリプで(わたしのことかも?)と思うようなツイートもたまに見かけたりするようになった。大学でたまに会った時には普通に接してくれているのに、本当はわたしのことを疎ましいと思っているのかもしれない、と心臓が嫌な音を立てた。言い訳を考えてみたり、深夜ツイートを減らしてみたりもした。効果はなかったけれど。


そのとき、たしかすこし傷ついた(ような気がする)。


でもわたしの中に眠る、冷静な気持ちが、大事なことを忘れさせないでくれた。それが「わたし、あなたとずっと一緒にいるつもりじゃないから」ということだった。


ひどく冷たい言葉のように聞こえるかもしれないけれど、でも「いちいち、あなたに合わせてなんていられない」という気持ち。その気持ちを都度思い出して、わたしはわたしらしくあることのほうに集中した。自分が書きたいことを書くブログも作った。そして、そのブログがきっかけで出版社に就職することになったのだ。


そうして何年か経ち、やがて “妄想ツイート”などと呼ばれる恋愛シチュエーションを延々とつぶやくようになる…というわけだ。


もちろん“妄想ツイート”に関しても、はじめのころは友人から「なにあれ」と笑われたし、会社でも「昨日の見たよ(笑)」と愛のあるからかわれ方もした。でも、嫌だなと思ったことは一度もないし、「はずかしいからやめたい」と思ったこともない。だってわたしはあれを「面白い」と思っているし、現に「面白い」と言ってくれる人もいた。「気持ち悪い」と言ってくる人は幸いわたしの大事な人ではなかった。その結果、いまでは書籍まで出版することができたし、“恋愛系”の仕事を多くもらっている。


あのとき、たいして大事でもない人の「面白さ」や「評価基準」に合わせなくてよかった。わたしがわたしらしくいようとする欲求を、抑えなくてよかった。


もし、意見を言ってくる人があなたにとって大事な人であったり、または(大事でなくても)その人がひどく傷ついていたりするようであるなら、耳を貸したほうがいい(後ほど後悔するから)。でも、もしそうでないなら。


世界の仕組みとして、「いい」と思う人もいれば「いやだ」と思う人もいるのが当然なのだ。好きなことがしたい、わたしらしくいたい、と思うなら、そういう反発する意見を引き受ける“寛容さ”が必要じゃないだろうか。誰かが「いやだ」と思ってしまったその気持ちを、コントロールすることはできない。だったら「そっか。残念だけど、じゃあ一緒にはいられないね」。そう言って、適切な距離をとるようにすればいい。そのくらいの、“寛容さ”、“おおらかさ”をぜひ持って欲しい。



あともうひとつ、社会人になって新しく大事にし始めた考えもある。わたしにもそれなりに“アンチ”と呼ばれるひとたちがいて、批判的な意見を言ってくる人もいるのだけれど、むやみに傷つかないように大事にしているのが「誰に向けて書いているのか」という意識だ。


届けようと思っていない人に、「こんなの面白くない」と文句を言われても「あはは、そうでしょうね。すみません」と笑って済ませることができる。だってそれは、女子高校生にウケる商品を考えたのに、おじさんが「こんなの可愛くない」と言っているのと同じなのだ。


誰に向けて何のためにしているのか。それさえ忘れなければ、むやみに傷ついたり、自分の行動に迷ったりすることもない。これも、わたしがSNSを使ううえでとても大事にしている考え方だ。


さて。

質問にこたえるとすれば、他人の意見が気になるときには「その人は大事な人なの?」と自分に問いかけてほしい。そして、「わたしは何のためにこれをしているんだっけ?」も同時に。


むやみに傷ついていたら身がもたない。好きに生きて、大事な人の声に耳を傾けて。自分にとって必要な傷だけ、受けて立つようにしよう。



(ライター/さえり 写真/インディ 編集/サカイエヒタ)

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